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 遠い昔の約束だった。
『十年後、桜の季節になったらこの木の下で会おう』
 いつ交わした約束か。誰と交わした約束か。どこで交わした約束か。記憶は曖昧である。すでに約束のときは過ぎたのかも知れない。哀しい空の色だった。それだけは覚えている。

 
 最近、幼少時代を過ごした町に戻ってきた。靄がかかったように当時のことを思い出せない。この町に戻ってきたのはたまたまだった。愛着があるわけではない。ここで過ごしたことも親に言われるまで忘れていた。
 せっかくなので、散歩している。とても自然が豊かだ。桜並木は満開の花で彩られていた。 桜がひらひらと舞う。
 桜の匂いが鼻腔をかすめた。約束が脳裏をよぎる。匂いが感覚を刺激し、記憶を引き出す。あの約束をした場所もこんな匂いがしていた。とても懐かしく、そして切ない。
 どうして切ないのだろう。落ち行く花びらを見てると胸が苦しくなった。あの日もそうだった。涙を我慢して話す彼女の目を見れなかった。視線をそらして、地に落ちる桜を眺めていた。

 彼女? あの約束を交わしたのは女性だったのか。たしかに女性、いや女の子だった。当時の僕より、ほんの少しだけ背が高かった。長く忘れていた少女の顔。どうして忘れていたのだろう。当時僕はあんなにも・・・・・・。

 いままで靄がかかったように思い出せなかった記憶が蘇ってくる。約束の場所はどこだろう? 約束したのはいつだろう? 彼女は覚えているのだろうか。
 周囲を見てもこの並木道には、あの桜の木は見当たらない。とても大きくて圧倒的な存在感を持っていたあの木はここにはない。

 意識より先に体が駆け出した。通り過ぎる風景を見て思う、この光景は知っている。あの頃と少し違うけど、たしかにあの約束を交わした町だ。このまま走れば約束の場所にいける、不思議とそう確信できた。
 でも行ってどうするのだ。あの約束を交わしたのはいつだ。もう、十年経過したのだろうか。それともまだ八年くらいしか経っていないのだろうか。

 あの場所に行って、彼女は来てくれるのか。それがとても心配になってきた。

 頬に触れる風が冷たかった。幼い約束を信じて走る自分が滑稽に思えた。それでも、足は止まらない。
 記憶を頼りにひた走った。当時、彼女と僕の秘密基地のあった裏山のはずだ。懐かしい光景が視界を通り過ぎていく。その光景がさらに記憶を呼び起こす

 彼女の名前、遊んだ場所、遊びの内容、いろんなことが浮かんでくる。そして、彼女への淡い想いも・・・・・・。 

 何分走っただろうか。ついに約束の桜の木が見えた。
 当時と変わらず圧倒的な存在感を誇っていた。夕日に映えるその姿は当時と変わりなかった。紅色の花びらは、たしかにあの日見たものと同じだった。そして、人影は・・・・・・。
 一陣の風が吹いた。強い桜の匂いが吹き抜ける。紅色の花びらが舞い散る。視界全体を花びらが覆う。あの日もこんな風が吹いた。懐かしさや哀しさ、いろんなものがこみ上げてくる。
 花びらと目から溢れる気持ちで前が一瞬、見えなくなった。
 
 一瞬のち、そこには女性がひとり立っていた。空は綺麗な色をしていた。




執筆日:2011-02-24
公開日:2011-04-3
加筆修正日:2011-02-24
執筆者:元伊六
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